第33回

IBD(UC)と癌

永塚 真(岩手医科大学医学部病理診断学講座)ほか

監修コメント

 潰瘍性大腸炎関連腫瘍の診断は難しいので,『大腸腫瘍病理組織図譜』第10章「IBD cancer」を一読願いたい。潰瘍性大腸炎関連腫瘍では,癌を含む粘膜内腫瘍病変として,ほぼポリープといって良い隆起型のdysplasia-associated lesion or mass(DALM)と内視鏡的には診断できないflat dysplasiaがある。なお,DALMと用語の是非は本項で問わない。組織学的には,adenoma-like DALM(形は何であれ内視鏡診断が可能)とnon-adenoma-like(ポリープ,flatあるいはdepressed)に二別される。後者には,基底細胞型(basal cell type),粘膜内低分化型癌(in-situ anaplasia),淡明細胞型(clear cell type),内分泌細胞を多く含む粘膜内病変(pancellular type)などの特殊な組織がみられる。本疾患は炎症異型か腫瘍性異型か,あるいは低異型か高異型か,また,粘膜内癌か浸潤癌かなど,病理診断上の問題を抱えている。Inflammatory bowel disease(IBD)associated with cancer/dysplasia(IBD cancer/dysplasia)は,病理診断上の問題点の一つである。Dysplasia(異形成:IBDに伴う非浸潤性腫瘍性病変)とcancerの特徴的な組織像については一般化しているとはいえない。そのなかで,adenomatous type neoplasiaの核異型は通常のadenoma(sporadic adenoma;SA)とよく似た形態を呈するので診断が容易である(図1)。一方,clear cell type neoplasia(図2)は鋸歯状病変をイメージすれば良いが,鋸歯状病変の診断と同様,どこから腫瘍性病変とするか難しい。また,過形成性粘膜と診断される場合があり,既に深部浸潤を伴っていることがある。Dystrophic goblet cellsはclear cellあるいはadenomatousでみられる特殊な形態変化でp53の免疫染色がclear cell dysplasiaと同様,腫瘍/非腫瘍の鑑別に有効である(図3)。
  UC癌の発癌様式は,散発性大腸癌とは異なることが明らかになってきている。比較的初期段階でp53遺伝子の変異が生じ,dysplasia(腫瘍)と呼ばれる前癌病変が多発する。p53遺伝子の変異は形態的に腫瘍と診断できない粘膜にも起きるとされている(そのことが,p53免疫染色が有効である理由の一つである)。その後,dysplasia-invasive carcinomaに関与する遺伝子異常が加わる。遺伝子変異の原因として,活性酸素や窒素を介した機構が想定されている。近年,DNAやRNAに変異を導入する遺伝子編集酵素が同定され,そのなかでも,activation-induced cytidine deaminase(AID)は持続的な発現によってp53遺伝子の変異が高率に生じることが明らかとなっている1)。このような長期の炎症からの発癌はUCだけでなく,Crohn,結核,放射性腸炎にも通じる。形態診断としてUC関連腫瘍かどうかは粘膜筋板の変化に注意がいる(表1)。本号の企画で“State of the art”ではクローン病合併癌,“Catch up分子生物学”では大腸癌と炎症性サイトカインが取り上げられている。したがって,本稿ではその他を対象とした。

(監修コメント=社会医療法人神鋼記念会神鋼記念病院病理診断センター長/福島県立医科大学特任教授 藤盛孝博)

症例1

直腸に認められた約15mm大の広基性隆起性病変
下部消化管内視鏡検査(A,B,C)。
白色光下観察では直腸(Rs)に約15mm大の発赤調で,緊満感のある広基性隆起性病変を認めた(A)。
インジゴカルミン散布後近接では表面構造は保たれていた(B)。
クリスタルバイオレット染色後拡大観察ではごく一部の領域でpitの不整が強い箇所を認めたが,pitは軽度不整であった(C)。
病理組織像(D,E,F)。
病変の全体像を示す(D)。
病変頂部では管状構造を示す異型上皮を認めた。不規則な腺管形成を示し,浸潤性増殖を示した(E)。
浸潤部では大小不同な高~中分化管状腺癌が粘液を散生しながら固有筋層直上まで浸潤していた(表層から腫瘍先進部まで計測して6,000μmの粘膜下層浸潤)(F)。

【Caption】
白色光下観察にて直腸(Rs)に約15mm大の広基性隆起性病変を認めた(A)。インジゴカルミン散布後近接では表面構造は保たれていた(B)。
クリスタルバイオレット染色後の拡大観察にてpitは軽度不整と診断したが,ごく一部に不整の強い箇所を認めた(C)。病変の全体像(D)。
不整の強い箇所を認めた(C)。病変の全体像(D)。
病変頂部では異型上皮を認め,不規則な腺管形成を示す浸潤性増殖が認められた(E)。浸潤部では大小不同な高~中分化管状腺癌が固有筋層直上まで浸潤していた(表層から腫瘍先進部まで計測して6,000μmの粘膜下層浸潤)(F)。

症例2

約60mm大の平坦隆起性病変
下部消化管内視鏡検査(A,B,C)。
白色光下反転観察では直腸(Rb)に顆粒状を呈し,発赤調の部位と周囲粘膜と同色調の部位から構成される約60mm大の平坦隆起性病変を認めた(A)。
インジゴカルミン色素散布後観察では顆粒および境界はより明瞭となり,口側に丈の高い結節を認めた(B)。
クリスタルバイオレット染色後拡大観察では顆粒状隆起部の発赤調の部位と周囲粘膜と同色調の部位はいずれも絨毛状pitであった(C)。
病理組織像(D,E,F)。
病変の全体像を示す(D)。
平坦部では細胞異型は軽度だが陰窩のねじれを認め,p53染色は陽性像を示した。Low grade dysplasia(LGD)と診断した(E,F)。
隆起部では細胞異型,構造異型の高度な異型細胞の乳頭状増殖がみられ,乳頭状腺癌と診断した。深達度は粘膜内であった(G)。

【Caption】
白色光下反転観察にて約60mm大の平坦隆起性病変を認めた(A)。インジゴカルミン色素散布後観察では顆粒および境界はより明瞭であることがわかる(B)。また,口側に丈の高い結節を認めた。
クリスタルバイオレット染色後拡大観察にて顆粒状隆起部の発赤調の部位と,周囲粘膜と同色調の部位はいずれも絨毛状pitが示された(C)。病変の全体像(D)。
平坦部で陰窩のねじれを認め,p53染色は陽性像を示しLow grade dysplasia(LGD)と 診断した(E,F)。隆起部では高度な異型細胞の乳頭状増殖がみられ,乳頭状腺癌と診断した(G)。深達度は粘膜内であった。

症例3

直腸に認められた陥凹を伴う広基性隆起性病変
下部消化管内視鏡検査(A,B,C)。
白色光下観察では直腸(Ra)に発赤調で陥凹を伴う広基性隆起性病変を認めた(A)。
インジゴカルミン散布像,クリスタルバイオレット染色後拡大観察では易出血性で表面構造の強い不整,一部無構造域を認め粘膜下層深部浸潤が示唆された(B,C)。
病理組織像(D,E,F)。
病変の全体像を示す(D)。
腫瘍辺縁部は非腫瘍性粘膜で杯細胞の減少した陰窩と,間質には炎症性細胞浸潤がみられた(E)。
病変中心部では粘膜から固有筋層において高~中分化管状腺癌浸潤を認めた。深達度は筋層内浸潤であった(F)。

【Caption】
白色光下観察で陥凹を伴う広基性隆起性病変を認めた(A)。インジゴカルミン散布像,クリスタルバイオレット染色後拡大観察では易出血性で表面構造の強い不整,一部無構造域を認め粘膜下層深部浸潤が示唆された(B,C)。病変の全体像(D)。
腫瘍辺縁部は非腫瘍性粘膜で杯細胞の減少した陰窩と,間質には炎症性細胞浸潤がみられた(E)。病変中心部では高~中分化管状腺癌浸潤を認めた。深達度は筋層内浸潤であった(F)。

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